土曜日のカーディーラーには、ほかに三組の親子連れがいた。ふたつ離れたテーブルの座席に腰掛けた娘に似た年頃の女の子は、販売員と話し込む父親の傍らで眠たげな視線を転がしていた。彼女とたびたび目が合ったのは、きっと僕も似たような心持ちだったからだろう。覚えはじめたばかりの短いトリルを空中に描いて、僕は少女にたよりない挨拶を送る。

「カラーはどうなさいますか」と担当の販売員であるフカミズ氏が言った。その声はどこか若い頃の桂三枝のものに似ていて、愛嬌とずる賢さの同居したユーモラスな響きを伴っていた。相対する僕たちが新婚でないことが悔やまれる。
「ねぇ、聞こえてる?」という妻の問いかけに、「聞こえています」と返事をして姿勢を正す。霧が晴れるように静かなまどろみが薄れていく。空調はじゅうぶん効いているように思えたけれど、フカミズ氏の眼鏡のふちには入念なウォーミングアップを終えたプロボウラーのごとく玉の汗が浮かんでいた。大事な試合を控えているのかもしれない。それまで彼と談笑しながらパンフレットに目を落としていた妻が、冷蔵庫の奥に覚えのない野菜を見つけたときと似た表情でゆっくりとこちらを振り向く。それから近所の子供に新しい言語を教えるかのように、「岡久君の好きなカラーは?」と彼女の唇が動く。
「カラー」と僕はきわめて日本語的な発音でそのカタカナを並べてから、フカミズ氏の表情をうかがった。「そちらで決めてくれていいですよ」とウインクを投げて彼に託そうと思ったのだけど、そうしたきわめて高度な冗談を無駄のないスピードで繰り出す行為は、期待された答えからは幾分ずれがあるように思えた。降り積もる悲しみにも似た沈黙のなかで、フカミズ氏は既にプロボウラーとしての冷静さを取り戻しつつあるようにも見えた。
そう、彼の瞳に宿る光には見覚えがある。「ボール・フォー・ワン、ワン・フォー・ボール」、おそらくそれが彼の師が室戸岬で最期に遺した言葉だったのだ。しかしながら、数詞と前置詞の垣根を超えたその面白みをこの場で簡潔に説明するには、やはり想定した以上に僕への視線が集中しすぎていた。
「茜が選べばいいよ」と僕は適切に思考を放棄して、言い換えれば我が子に大いなる選択権を贈与して、コーラを口に運んだ。ちいさく口を尖らせてあきれた表情の妻は、やがてやわらかく微笑んで、「ざんねん。ピンクはありません」と忠告しながら反対側に座る娘にパンフレットを回した。妻の膝の上に座っていた三歳の湊は、目の前を通り過ぎたパンフレットを嬉しそうにあごで追いかける。たしかこれに似た動きをあしかショーで見たことがあるな、と思い出したけれど、僕は丁寧に調教されたあしかよりも遥かに利口なので黙っていることにした。やや座面の高すぎる椅子に行儀良く足を並べて座っていた五歳の少女は、「えっとねぇ」と口にしてようやく真剣な表情でパンフレットを眺めはじめた。
もう一度向こうのテーブルに目をやると、名も知らない少女は父親に抱かれて平和な寝顔を僕に向けていた。僕は、ついさきほど世界のどこかから拾って来たピアニッシモの記号を、そっと彼女にあてがう。

予告されていたとおり、あたらしい車は二週間ほど経った八月のはじめに店に届けられることになった。これまでに乗っていた車は同じ日に引き取られる。僕たちは家族四人で、カーディーラーに向かう道のりをささやかな最後のドライブとして楽しんでいた。
視界の隅を、電柱に貼られた不動産の広告が流れていく。自転車の前かごに入れられたビニール袋が流れていく。誰かに引かれた散歩中の犬が、信号のつながりの悪さにうんざりした様子で首元をかく。電線の上ではカラスたちが真剣な表情ではじまりも終わりもないオセロを続けている。
僕と妻は、互いに異なるいくつかの風景をたよりに、彼女がこのやや古びた車を購入した当時を振り返った。あの頃の彼女は、大きな病院に勤務してハードな日々をなんとか切り抜けるのに精一杯だったし、僕はといえば、まだ駆け出しのアイドルに過ぎなかった。いや、アイドルとさえ呼べなかった。むしろアイドルではなかった。エンデ風に言えばはてしない大学生であり、地上の子供たちが夢見る心を失ってしまった影響で、からくも留年していたのだった。
コダックの広告で目にするような隅々まで整えられた晴天は、いつか小学校の中庭から見上げたそれに似ていた。あの頃の僕はなにを抱えていただろう、とふと考える。風にふれたくなって僕は窓を開けた。
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なぜ肥沼君はリレーのときに裸足で走るのだろうか。それは、秋の運動会が近づくたびにぼくたちの間で巻き起こる、果てのない議論だった。一定の説得力を持つ見解としては、「裸足で地面を蹴ると足の裏が痛いから、いち早くその場を離れようとして結果的に速度が上がる」という具体的な身体論に言及したものや、「シューズと靴下の重量がその恩恵以上に彼にとっては負担に感じられるのかもしれない」という力学的な作用と不快感に着目したもの、あるいは「リレーの練習でシューズを酷使すると、靴が早く傷むことを気にかけているのでは」という、兄弟の多さを考慮に加えた経済的な事情を鑑みたものなどが挙げられる。ただし結論に至ることはない。つまり、比較的どうでもいい命題だからである。

さきほどから、台所の椅子に腰掛けてじっと冷蔵庫を睨んでいる花野君に肥沼君の件を尋ねてみると、彼はあっさりと「裸足の方が気持ちがいい」と言った。無条件に強い夏の日差しは、縁側に腰掛けた僕の影を、その床の淵にくっきりと象らせていた。
「そんな原始的な」と僕は反論を試みようとしたけれど、そもそも走る速度で優劣を求める競技自体が原始的なのだ。「……じゃあ、なぜ花野君は裸足で走らないの?」と尋ねてみると、彼はようやくこちらに視線を向けて「見た目ほどは速度が変わらんよ」と無人の待合室のように冷めた返事をした。彼はそのフラットな表情のまま、淡いブルーのシャツを何度かはためかせて身体を涼めている。

やがて花野君は、時計の針の歩みが思いのほか遅いことに思い至り、計画を変更して一旦自室に戻ることを提案した。赤坂小学校からの帰りに僕たちが彼の家でやる事といえば、ファミリーコンピュータの名作マッド・シティとシティコネクションを飽きるまでプレイする事に他ならない。それらのゲームを制作したのは、ときめきメモリアルが誕生する以前のコナミであり、アイドル雀士スーチーパイが世に問われる以前のジャレコであった。つまり、言うまでもなく僕たちは比類なき硬派であった。
僕たちはマッド・シティに飽きるとシティコネクションをプレイし、シティコネクションに飽きるとマッド・シティをプレイした。ふたつのゲームを結ぶ共通項は、誤解と聞き流しを恐れずに言えばまさしくシティという名のコネクションであった。マッド・シティが横スクロールアクション、FPS、カーアクションをごちゃ混ぜにしたB級作品であったため、いつしか僕の頭の中ではシティコネクションもマッド・シティのなかの特殊なステージのように思えてならなかった。
襲いかかるワニを蹴散らし、こんぼうを持った怪人に必殺の飛び蹴りを浴びせたあたりで、画面は一瞬たわんでぱちりと消えた。それまで意識されなかった扇風機の羽根の音が、慌ててぼくの聴覚に立ち現れて主張をはじめる。
「そろそろ時間じゃわい」と言って花野君が立ち上がった。台所へ向かうのだ。逆光のせいでほとんど表情はうかがい知れなかったけれど、その無駄のない佇まいと、すべることを恐れない時代劇風の言葉遣いの選択から、ある種の覚悟を抱いていることは見て取れた。ぼくはベッドの上に無造作にコントローラを置き、床に積み上げられた愛蔵版のらくろの漫画本を避けるようにして、彼の背中を追った。
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「岡久君、うちもそろそろ車を買い替えた方がよくない?」と妻がテレビコマーシャルのような疑問文を述べたのは、木曜の夜の食卓でのことだった。昼間に妻の実家で遊び尽くし、体力を空にした子供たちは、八時を回った時間帯から和室で眠り込んでいた。犬はフローリングの床に犬の字になって、だらしなく半分目を閉じていた。
テーブルを挟んで彼女と面した僕は、いつになく真剣な表情で手元の丸い皿を睨んでいた。眼下に鋭い視線を投げかけるその姿は、場合によっては真新しい宇宙の誕生に立ち会う神の視座であり、それと同時に意を決して自分で魚の身をほぐす作業に取りかかる三十代の男でもあった。「じゃあ明後日買いに行こう」と答えて、星雲のただ中へ二本の箸を踊らせる。
「ところで、魚の身をほぐす時って、裏返すのは駄目だけど、骨を折るのはルール的にオーケーらしいよ。……知ってた?」と原初の言葉を紡ぐと、彼女は「……いま岡久君、明後日って言った?」と声に出し、じっと目を細めた。それは幾分髪の伸びすぎたプログラマが魚の身をほぐす作業を見届ける、ひとつ隣の宇宙を統べる神の視座であった。あくびをしようとして躰を起こした犬が、間違えてくしゃみをする音が聞こえた。
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冷凍室から取り出された紙皿には、扉を閉める前に見たときと同様、布の包みがそっと置かれている。花野君は冷気の立ち上る紙皿を慎重に取り出すと、明かりを求めて縁側に向かった。腹をすかせた猫のようにしなやかに畳のうえを移動し、ぼくたちは静かに腰を下ろした。幾重にも巻かれた白い布を、花野君の指先が繊細な果物を扱うように丁寧にめくる。標本のように綺麗な姿勢で、そこにヤモリが眠っていた。
花野君は、指先で二度、軽くヤモリの背をつついてから、反応がないことを確認してちいさく頷いた。「……本当に、仮死状態?」、ぼくは硬直したその躰を恐る恐る指で撫でながら、花野君に尋ねる。返事はなかった。緊張の中にかすかな息づかいが聞こえる。

「岩永君はどうして毎回、ドラクエの主人公に『うめほし』という名前をつけるのか、君は知っているか」と花野君は姿勢を崩さずに言った。意味がわからなかった。ひとつの文章として読み上げたときには明快な論理性が成立しているにも関わらず、こうして学校帰りにヤモリの冬眠実験を行っている最中に口に出された途端、それはまるで岩永君を幼稚園児並の知能と思わせるための巧妙なレトリックに聞こえた。
「本当は『うめぼし』と付けたいんだよ。でも濁点を含めると四文字をオーバーしてしまう。だから彼は妥協して『うめほし』にしているのだ。これは本人に聞いた話だから間違いない」と花野君は得意げに述べた。そして悔しさを押し殺すような声で、「……問題は、なぜそんなに梅干しに固執するのか、という点だよ」と言葉を継ぎ足した。僕はなにも言えなかった。比較的どうでも良かった。
「……まさか、岩永君は、浜野君から借りたドラクエの『ぼうけんのしょ』をまちがって消したときにも?」
花野君はこくりと頷いた。「『はまのん』を消してしまった岩永君は、レベル1の『うめほし』を登録してソフトを返したよ。さもそれが昔からの慣習であるかのごとくね。あの日を境に、まだ浜野君はうまく笑えないと聞く」

感情を持たない何者かが、冷たい手のひらでそっと僕の背筋を撫でたように思えた。はまのんは失われ、世界は恐怖と残酷さによって支配されていた。そしてぼくたちの目の前には、復活のときを待つ一匹のヤモリの躰が横たわっている。見上げると、西の空の果てにひどく重い色をした雲が広がるのが見えた。

(つづく)