ここのところ積極的にテレビを見る時間など取れていないはずなのだけど、なにかにつけ勝手にオセロの中島さんの近況を記した記事やニュースが僕の脳に届けられる。自動的に。おそらくクラウド時代のプッシュ配信的なあれだ。ぜんぜん便利ではない。
記事によれば、自宅を尋ねた中島さんの友人が、セロハンテープでぐるぐる巻きになってうつろな目で天井を見上げる中島さんの様子を記憶している。
僕ははっきりと警笛を鳴らしておくけれど、この振る舞いは尋常ではない。僕も幼い頃にやった事があるけれど、本来、セロハンテープで身体中ぐるぐる巻きになるのは楽しむためである。日が暮れたあとの教室で文化祭の準備を盛り上げるためである。うつろな目でやるような事ではないし、見上げた天井になにかが映るといった類いの行為でもない。
楽観的に解釈するとするならば、彼女は職業的な本来の立ち位置をあえて反転させ、ボケに徹してツッコミを待っているのだと考えられる。誰かが的確につっこんであげれば、物事は案外、大きな傷を生まずに解決していくように思えるのだけど。
先週末の昼下がり、リビングでコーヒーを飲んでいると、「“あ”ではじまって“ろ”で終わるどうぶつ、なーんだ?」とノートの切れ端を手にした息子が笑顔で尋ねてきた。すこし違うかなと感じながらも「天草四郎」と即答したところ、「……ぜんっぜんだめで正解はアルマジロに決まってるの!」と諭された。イラストで描写されたときの全般的な線の丸さとか、人懐っこさとか、わりと類似点は挙げられると思うんだけど。
世の中には、上達のために楽器を練習するという行為があるらしいけれど、僕にとってギターの練習は、ギター演奏の才能の無さを自らの身に強く刻み付ける行為に他ならない。
たとえ、テーブルの向かいで頬を濡らすのがどれほどの深い悲しみに沈む女子大生であっても、僕はさっそうと取り出した自らのレスポールで“I Feel Fine”のギターリフを真剣に演奏することにより(←まだ諦めていない)、瞬時に彼女の顔に笑みを取り戻すことができるだろう。笑みというか、苦笑いを。失笑を。
聞く所によると、
OS X Mountain LionではOpen/SaveパネルがiCloud用に拡張されるらしく、対応したアプリケーションにおいてはiCloud上のドキュメントをiOSのSpringBoard風に取り扱うらしい。そこではいわゆるファイル階層的な概念がないのだそうな。Launchpadが死ぬほど使いにくいのでやや冷や汗が出るけれど、興味深い方向性であることには違いない。
そういえば、いつまで経ってもiOSに汎用的なファイラが用意されないのは、まず第一にセキュリティリスクへの懸念が念頭にあって、アプリケーション間で不用意にデータを横断させたくないからなのだろうと思っていたけれど、どうやらMacも巻き込んでこちらの方向に強く舵を切ることそれ自体が狙いのように思えて来た。
つまり、デスクトップであれiPhoneであれ、ファイルを階層で管理するという常識を積極的に忘れさせようとしているみたいに思える。
もちろん、Mac OS Xでは10.4の頃からスマートフォルダが実装されているし、いずれメタデータによるファイルの取り回しをユーザ体験の主軸に置こうとしているのは誰もが予想してきたけれど、現状、日常的なあらゆる操作をSpotlightとスマートフォルダでまかなえるかと言えば、なかなか難しい。かゆい所に手が届かなくて、それでも我慢して使っているとどうなるかといえば、本当に結構かゆくなる。
iOSにもしファイラが実装されるとしたら、ドキュメントを探し出すのにFinderやエクスプローラみたいな生真面目なアシスタントが理想だろうか。全然そうは思えない。「そのドキュメントを作ったアプリケーション」で選んだり「種類」や「最後に開いた日時」、あるいは「お気に入り」あたりで選ぶのが合理的だ。というか、せいぜいその程度のフィルタで評価できれば、探せない「ドキュメント」なんてないように思える。
上述したように、SpotlightやFinderの詳細検索でそれに近い条件立ては今でも可能だけど、小さな文字を追いかけたり細々としたボタンを押したり、頻繁に行う操作としてはさほど成熟していないように感じられる。
iPhoneを使いはじめてしばらく経ってから不意に感心したのは、ホーム画面上に名前の重複したフォルダを複数配置できることだった。コンピュータの常識を知らない人からすれば、机の上に二冊の同じ名前の本がある状態なんて普通に起こり得ることなのに、階層管理された古典的なコンピュータの世界で育った僕にはそんな状態は成立しないと刷り込まれていたのだ。
もちろん、今のMac OS Xでも、実際のファイル名とユーザが目にする表示名は個別に定義可能なわけだから、Finderの設計者がその気になれば、フォルダ内に同じ名前の複数のファイルを置けるようにする事くらい容易いだろう。
でも、そうはなっていない。「同じ階層に重複したファイル名の項目は置けません」がこちら(コンピュータ)の世界の常識として確立されてしまったから、むしろその不思議な約束事に沿ったほうがユーザに配慮していると感じられるのだろうか。

かなり珍しい種類のトラブルの対応に追われ、気がつけば午前五時。日付をまたぐ頃、上司に「終電過ぎそうなのでタクシーで帰ります」宣言をしておいたのに、いつもと同じように電車で帰ることができました。よかったですね。
地元の駅についたころにぱらぱらと雪が落ち始めた。そのちいさな白い欠片を目にするたび、校庭で上を向き無邪気に口を開けていた頃を思い出し、ふと見上げると、奇妙に懐かしいかたちをした月と目が合った。どうやら僕の方が先に仕事を終えたみたいだ。

わけがわからないくらい忙しいけれど、だいたいの理由は把握できているので、わけがわかるくらいに忙しい。
しかしながら、歩道橋ですれ違った人に「いやぁ、ここ最近さ、わけがわかるくらいに忙しくてさ」と愚痴をこぼしてみたところで、そこに立ちあらわれるのは怪訝な表情というか過言の窮状というか、踏めてるようで踏めてない韻というか。「踏めてるようで踏めてない韻」って日本語ラップ的ですよね。もっと言えば初期のDragon Ash的ですよね。一曲も知らないけど。
そうしたDragon Ash的な衝動に突き動かされるように、後輩二名とカレーうどんを食べに行った。美味。伸びてるようで伸びてない麺。
一ヶ月ぶりに、休日としての土曜日。仕事が一段落したかと思いきや、休日出勤が日曜日にずれ込んだだけなのだけど。
iTunesで
ポール・マッカートニーのライブ(というかレコーディング映像)が配信されていたので、すこし時間を用意して鑑賞した。
結構以前から聞いてきたように錯覚していたけれど、考えてみたらソロ以降のアルバムで手元にあるのは『Off The Ground』の一枚だけだし、演奏している姿を観るのは中学生の頃にWOWWOWを録画して以来、二度目だ。
十年以上前、はじめてギターを手にした頃に、そういえばビートルズの『I Feel Fine』のリフを練習した。楽譜を買うという発想がなかったので、適当に音を探して弾くには弾けたけれど、どう聞いてもCDにあるようには音が伸びない。
最近になってその時の記憶が不意に思い出され、弾き方を検索してみたら、あの奇妙なメロディは人差し指をセーハして弾くのだとか。ほほうと唸ってそのように指を置いてみたら、今度は階段状に降りていった最後のGのコードで小指が届かない。もう一度検索してみると同じ質問が既にあがっていて、質問者が選んだベストアンサーは「私も35年弾いてるけれどあれは指が届かなくて無理」という希望に満ちあふれたものだった。I Feel Fine。
ある二月の夕暮れ時。いつもの新大阪の歩道橋を、早足にかけて家路を急いでいると、十年以上も前にチョコレートをくれた事のある幼なじみに偶然再会して、「……あのさ、あなたって大橋トリオとかすごく好きそうだけど、聞かないの?」と尋ねられたときのために「めちゃくちゃ聞く」と簡潔な返事を用意しているのだけど、未だにそのような再会はない。
そもそも僕は、途上国におけるカカオ栽培に見られるある種の現代社会の病理を常に意識して歩んで来た人間なので、おそらく日頃から、安易にチョコレートを渡しづらい空気感を十分以上に発していたのだろうと思う。あるいは安易に再会しづらい歩道橋の渡り方をしてきたのだろうと思う。そう考えることで、今まで雲に覆われていた事象が晴れわたり、鮮やかに点と点が結びついていくのだ。
また、これを書くとここまでの文章の命題の残り半分も簡単に崩れ落ちるんだけど、大橋トリオもまだそんなに聞いてない。まだ帽子と髭しか覚えてない。
それでも、これからきっと好きになると思うので、ここに前もって書いておくのだ。誰かへのはじめての贈り物も、そのくらいの軽い気持ちで温かみをわけあえればいいんだけど。「これからきっと好きになると思うので」といった具合に。
寒い自室に上がるのが億劫で、近頃は台所の窓際から届くわずかな光を頼りに、灯りの消えたリビングでMacBook Proのキーボードを叩いている。もうかれこれ六年ほど前のモデルで、忙しい時期には結構乱暴にあちこち持ち運んで使ってきたけれど、一度も修理に出したことはない。たいしたものだ。
子供たちが使っているiMacは九年ほど前のモデルで、こちらも目立った不具合もなく現役で稼働している。奥様が使っているiMac 24インチは三年前のモデルで、そういえば僕はほんの数ヶ月前、自室用にiMac 27インチを買った。
ちなみに、僕がPowerMac G4 Cubeを購入したのは今からおよそ十二年前であり、こうしてリストアップしていくと、じつに十二年前と九年前と六年前と三年前と数ヶ月前に何らかの形で新しいコンピュータを手にしていることになる。僕の頭脳中枢が恐ろしいまでの集中力で弾き出した計算によると、おそらく僕は2015年くらいに新しいコンピュータを買うだろう。

一ヶ月ほどの間、精神的に雁字搦めにされていた怒濤のような仕事に、ようやく一時的な休息が訪れた。それほど大きな案件とはいえないけれど、いくつかの要求を具体化していく過程のなかで、がんじがらめを漢字で書くと中部地方の田舎に古くから伝わるある種のお粥みたいな雰囲気になる事も知った。
とはいえ、仕事の進め方にも生活にも余裕が持てないのはつらい。日々、四時間睡眠の続く僕に、後輩A君が「今度こそ牡蠣を食べにいきませんか」と声をかけたのは先月末の事だった。僕が、心の奥の深い泉の淵で、未だに先月の牡蠣の喪失を嘆いていることをよく知っていたね。
「千三百円くらいするんすけどね、大阪で一番美味いです。食べログでみんな言ってます」、などと信憑性に揺さぶりをかける意見を彼は述べた。
もう一人の後輩N君を連れ立って、いつもよりやや早い時間に屋外に出ると、通りには熱々の牡蠣フライを食すのに適した寒風が吹いていた。十分ほど歩いたところに洋食屋を見つけ、扉をまたぐと勝手知ったる昭和がそこにあった。
厨房では七十歳を超えていそうなシェフが黙々と仕事を進めている。メニューを開いて戸惑っていると、「牡蠣フライ定食だけ別メニューね。寒い時期しかやらないから」とおかみさんに言われた。瞬間、背筋に冷たいものを感じて顔を上げる僕。心が……読める、のだろうか? でも……、どうやって? そこまで考えたところで緊迫感を伴う展開が面倒になり、「それください三人分」と返事をした。
結論から言うと、美味しかった。とても美味しかった。これなら毎日でも食べたい、と思った。でも毎日は食べられなかった。無理だ。なぜなら牡蠣フライ定食は時価であり、その日は千八百円だったからです。
昼食に千八百円。考えてみてください。これはちょっとした額だ。レジを過ぎてから気づくには幾分悲しい額だ。千八百円もあれば、貧しい国々で貧困に喘ぐ人たちに牡蠣フライ定食をおごってあげる事だってできる。いやいや、違う。そんな誤った善意を物差しにするべきではない。とにかく牡蠣のことは忘れよう。中身のないフライの事だけを考えてみよう。