080830:2348

僕の作ったソフトウェアの中でも、一番知名度が高いと思われるRubiscoについて。バージョンアップしないんですか、という問い合わせを何度か頂くので、一応現在の見解を記述しておきます。

できない。わけではないのですが、すごくモチベーションが低い。そもそも、Rubiscoの作者である僕自身、周辺の事情に明るくないんだけど……。

間違った知識も含まれるかもしれないけれど、とりあえず僕の知っている事をまず整理してみる。InputManager形式のプラグインはLeopardでは公には廃止された。これを有効にする一番手っ取り早い方法は、SIMBLを介してCocoaプログラムとの間に潜り込むこと。現在、多くのInputManager形式のプラグインは、SIMBLに依存する形に移行して開発が続けられている。
 僕の認識では、たぶんSIMBL 0.8.2(現在の最新バージョン)が機能するのは、32bitのCocoaアプリケーションのみ。64bitのCocoaアプリケーションを起動しても、SIMBL(とそこから繋がるInputManagerプラグイン)は読み込まれない。当たり前だ。それは理解できる。ただし、より厳しい制約として、Leopard以降のMac OS Xプログラミングの華であるガベージコレクト(GC)を取り入れて作られたアプリケーションについては、「共存すること」ができない。……ですよね? たぶん。
 「共存できない」と書くのはちょっとゆるすぎる話で、実際のところ、SIMBLがインストールされた環境で、GCを有効にしてコンパイルされたプログラムを実行すると、有無を言わさずアプリケーションが落ちる。これはちょっとつらい。コンソールを見なければ、普通の人には意味不明なはず。

僕の作るソフトウェアを利用して下さる方々の中に、ある日、あるアプリケーションが、どうやっても起動しないという現象に出会った時に、いつかインストールしたSIMBLが関係している、と気づく人がどれくらいいるだろう? 多くの方は、そのアプリケーション本体の作者さんに問い合わせるような気がする。

もう一点、来年にもリリース予定の、Mac OS Xの次のバージョンとされる「10.6 Snow Leopard」は、現在のLeopardに比べてもより一層、レガシーな思想を排除する傾向にある。そうすると、InputManagerプラグインが生き残る可能性はとても低いように思える。

Rubiscoの停滞については、上に並べた環境の変遷が原因であると共に、「むかし書いたRubiscoのソースコードが、いま自分で読んでみても、何やってんだかさっぱりわからない」という致命的な理由もある。僕もレガシーな思想を排除する傾向にあるのだ。ってそれは嘘。

写真を1ページ追加しました。


080830:2114

誰を待たせたというわけでもないけれど、とりあえず形になってきたので写真のページを更新しました。スライドショー周りがやや適当。

FirefoxとSafariで検証しました。透過PNGの扱いに難があるため、Internet Explorerのバージョン6以下には対応していません。それ以降のバージョンのInternet Explorerは、僕が現在使える環境にないので、試しておりません。


080830:1333

まだまだ写真のページを編集中。二日前にあきらめたレイアウトをもう一度洗い直してみたり、突飛な位置にボタンを配置したりと、ふにゃふにゃした時間を過ごしている。

でも、こういったふにゃふにゃした迷路みたいな時間こそが、後からふと力になったりするのであった。経験的なことを言えば。


080830:0010

写真のページがどうにも形にならないので、怖々とJavaScriptを触りながら、色々と遊んでいる風景。少しずつWebで知識を探ってはみるものの、相変わらずJavaScriptについてはさっぱりわからない。コーディングを進めていると、アイルランド出身の演歌歌手になった気分がする。この週末にもう少し詰めてみる予定。


080829:2238

深夜特急を読み終えた。30歳になってから読んでよかったと思う。またいつか最初から読み返そう。

今日の帰り道に買った『MONSTER 完全版』も読み終えた。もう何年も前に、宝塚の文化の中心であるとされる林君その人から通常版を借りて読んで以来、時々連載をリアルタイムに追いながら、この人の作品はすごいなぁ長いなぁこの登場人物誰だっけなぁと感心していたのだけど、このたび、通常版2冊分の内容が1冊に収録され、それでいて価格は通常版3冊分、というもはや一回転して心おだやかな気持ちになってしまう完全版が刊行されたのだった。

毎月の刊行ペースで、月末が訪れるたびに「ぼくを見て! ぼくを見て! ぼくの鞄の中の財布がこんなに軽くなったよ!」と涙を流しながら喜んでいた生活も、ようやく終着。


080828:2209

一週間ほど前から、なんとなくインプットの時期に入ったような気がしていて、幾つかの分野の知識を溜め込み始めている。けれど、広く浅いものを求めているわけではないので、日課のように訪れていたウェブサイトのブックマークはかえって減って行く。本当に関心のある事にしか興味がもてなくなっているわけで、これは僕としては非常に良い傾向。

『深夜特急 6』はついに最後の章に入った。ひとつ前の章、サグレスの岬で、主人公が旅の終わりが訪れた事に気づくシーンは、とても印象的だった。


080826:2307

信号待ちをしている時、ふいに目の前の交差点を白い自動車が通り過ぎた。車体には濃い青文字で「スビーサ・ンーリク」と書いてある。僕はすぐに新人の俳優の名前かと思ったけれど、新人の俳優の名前を車体にラベルする風習も珍しい。と考えたあたりで、その文字列が「クリーン・サービス」を逆から記述したものである事に思い至った。

個人的には、ああした進行方向に向けて文字を並べる記述は、即刻廃絶すべきであると思っている。走行中の進行方向からの文字の認識順序を念頭において、素早く読めるようにデザインされたのだという理屈はわかる。けれど多くの場合、周囲の人間がその車体に注目するような機会といえば、徐行中であったり、停車中であったりするのではなかろうか。走っている間のことだけ考えてデザインされているようで、非常に読みにくい。文字の並びを逆にするだけに留まらず、そのすべての文字を鏡文字で記述するところまで徹底するのであれば、感心はするけれど。

それに、もしこのような記述方式が当たり前のものとしてまかり通るのであれば、本当に新人俳優「スビーサ・ンーリク」を宣伝したくなった時にはどうするつもりなのだ。きっとわけがわからない。私が懸念するのはまさにその点である。なにこの社説みたいな終わり方。


080825:2307

文庫で『深夜特急 <5>』を読み終えた。残るは第6巻のみ。

ひとつ前の『深夜特急 <4>』を読み終えたのが、もしかすると一年くらい前かもしれない。この長大な旅行記の中で、主人公が立ち止まり、薄れゆく記憶の淵にある旅の始まりを思い出そうとする記述を目にする時、僕もまたうっすらと瞳を閉じて、一年くらい前に読んだ以前の巻の内容を思い出そうとする。前者はロマンチックだけど、後者は、単に読むのをほっらかしていた僕が話を思いだすのに苦労しているだけである。


080824:1251

実家にて、子供がプールで遊ぶのを見守る。僕が小学生の頃に泳いだプールで、僕の子供たちが泳いでいるというのは、やはり不思議な感触がした。

今晩、シリアルネームが大量発行される予定。


080824:0256

野球の日本代表チームがメダルを取れなかった事について。あまり関心の無かった僕でさえ確かに残念だとは思うけれど、インターネット上で、今回の結果に対してものすごい剣幕で怒っている人を見ると、それはそれですごいよなぁと思う。いろいろな場面で何度も耳にしたように、本当に、スポーツには見るものを熱狂し、歓喜させる(そして時には失望させる)力があるのだなぁ、と。以上、特にオチのない普通の文。

先に書いたユーモアフィーについてもそうなんだけど、近頃、Owl's Nest関連のメールを多く頂いているので、本格的に同ソフトウェアをバージョンアップしないとまずいなぁと考えております。改善点は2つ、そして機能の追加が3つくらいは頭の中に描けているんだけど、なにせ時間が足りない。全然足りない。だからオリンピックほとんど見てないのです。以上、普通の愚痴と現状報告。


080823:2324

午前中に家族で近所の電気屋に出かけ、iPod用のスピーカーを購入。音質はどうでも良かったので、あまり高価でなく、気軽に持ち運べて、子供が壊しにくいデザインのもの。主目的が、子供が眠る時に枕元で鳴らせておくため、なので。

ずっと前に読んだスタパさんのレビュー記事で取り上げられていたのが記憶にあったので、店に並んでいるものの中から数秒で指を指して決定。9000円くらい。亭主は関白なのではなく、淡白なのであった。

帰宅すると、某誌編集部さんからソフトウェア掲載許可のご丁寧なメールが届いていたので、すぐに返信。

午後からは村上邸を訪れ、偶像としてのブッシュ政権の二面性について、あるいはレオナルド・ダ・ヴィンチとその周辺における同時代性の再定義に関する省察を述べるつもりだったのだけど、お互いに家族同伴だったため、どうぶつえんのはなしをして、じゃがいもをたべました。

何の前触れもなく、この時期に唐突にユーモアフィーの支払いが数件あったので(ありがとうございます)、ただいまシリアルネームの発行作業中。メールを下さった方々、数日お待ち下さい。


080823:0947

8時半起床。

非常に重い悩みを打ち明けるような顔で、奥様が「どうしよう……。明日、晩ご飯を作る元気がない」と言った。人はそれぞれの宇宙に住んでいるのだな、と僕は思った。


080822:0035

とかなんとか理屈っぽい事を言うよりも、さっさと写真を撮るのが吉、と思った。

bicoid fragmentsを更新し、15ページ目に先日まとめた写真から漏れたものを掲載しました。日が暮れる前に歩き始めて、ホテルに戻ってくるまで。


080821:2353

ようやく昨日になって時間を見つけ、SX-150を組み立てて遊んだ。僕は仕事の帰り、何の気なしに本町の紀伊国屋で買ったけれど(今でも山積みになっている)、梅田の紀伊国屋ではとっくに品切れだったようで、驚いた。

組み立てに10分。鳴らしてみると、確かに楽しくて、なにより手作りな音がする。ポンボコビビビ。僕のように無知な人は、シンセサイザーと聞くと、どこか無機的な、記号で作られた偽物の音のような感覚を抱いてしまうように思うんだけど、こうしてその波の仕組みに触れながら音を響かせてみれば、全然そんな事はない。むしろとても血の通った音がする。いい勉強になった。

ここ数日、無性に写真が撮りたくて、機会をうかがっている。先日、複数の方々と「やっぱりフィルムカメラもいいよね」という話をしたのだけど、帰宅するなり「いや、でもフィルムに変な憧れや幻想を持つのはやめよう」と思い直した。僕はまだ、他に興味を移して良いほどにはデジタルカメラを使い切っていないような気がした。少なくとも、デジタルカメラが登場しなければ僕はこんなにも写真を撮ろうとは思わなかったはずだし、フィルムにしかできない事があるのと同様、デジタルにしかできない事があるはずだ。

といった、現在の境遇を全肯定する変な言い訳を自力で生み出したのだけど、その時の皆さんとの会話はあくまで「フィルムカメラ『も』いいよね」であり、必ずどちらかがどちらかに勝るといったニュアンスでもなかったのだ。といった辺りに思考が落ち着いたので、あまり強くこだわる事をせず、いつかFM10くらいなら買えるかな、などと。


080820:0143

地下鉄の定期券の期限が切れていたので、切符を買って乗車したところ、理想的な無くし方をした。

  • 右のポケットに指をつっこむ → 指先にヒットせず
  • 左のポケットに指をつっこむ → ツーストライク
  • 後ろのポケットに指をつっこむ → 何か指先にかかるものあり!!
  • 右手に握りしめられたヨドバシカメラのレシートを見つめる → バッターアウト
  • 改札口で駅員さんに声をかけようとしたら、三人組の中年女性が駅員さんに大阪城へ行く方法を尋ねていた。駅員さんは「知らんがな」と言いたそうだったけれど、結局5分以上もの間、売れ残った魚のような目で中年女性たちの相手をしていた。

    僕はその会話が終わったのを見計らってようやく駅員さんに声をかけ、「……あったかい てぶくろを ください」と、間違ってキツネの方の手を差し出してしまったのだけど、すぐさま根本的にストーリーの分岐を誤った事に気がつき、「あの、すみません、切符をなくしました」と人間の声で言い直した。数秒の間をおいて、「……本当にないの?」と非常に疑わしそうな顔。「どこ探してもないの? ポケットとか鞄の中とか見たんだよね?」と怒濤の勢いで質問されたので、「はい、すみません。全部探してバッターアウトになりました(意訳)。本町から乗ったので……」と言って財布を取り出した。
     すると駅員さんは思いがけない事を言った。「あのねー、切符はなくさんといて下さい。本当はお金払ってもらわないとあかんねやから」と、ひどく面倒な作業を背負わされたような声で、僕にさっさと改札を通るように促したのだ。僕は話の展開が飲み込めず、「……いや、ですから、改めて今、お金を払います。何倍かの料金になるんだと思いますけど、幾らですか?」と尋ねたのだけど、どうも駅員さんに取ってはそのやり取りそのものが面倒なようだった。「もう今日はいい事にしとくから通って。切符くらいなくさんといてや」との事。あれ? 今どこかでカチンって聞こえたよ?

    そもそも迷惑の根源は僕にあるとわかっている。わかっているのだけど、なんだか必要以上に不愉快な対応だったので、「……そもそもあなたは完璧な人間なんですか? 今まで一度も切符をなくした事がないんですか? 」と、『愛という名のもとに』の鈴木保奈美さんの名台詞を必要以上のうろ覚え具合で吐き出そうかと思ったけれど、しんどいのでやめた。すげぇ納得いかない表情で「わかりました」と言って改札を過ぎた。

    手ぶくろを買いに』という絵本の最後は、母キツネの台詞、「にんげんはほんとうにいいものかしら」で終わる。


    080819:0058

    昼休み。紀伊国屋から出る自動ドアの、ちょうど顔の面するあたりが鏡のようになっていたので、さきほどから痛む右目のフチを指で広げるようにして覗き込んでいたら、唐突にドアが開いてサラリーマンらしき人が現れ「うわっ」みたいな表情をされた。

    そりゃまあそうだ。サラリーマン氏にしてみれば、ドアが開いたらいきなり対面から「あっかんべぇ」みたいな状況である。それも表情はあくまで真顔。真顔の「あっかんべぇ」ほど救いのない表情というのも、世の中には少ないだろう。

    結局、向こうが小さな声で「すみません」と添えて通り過ぎたわけだけど、その声が過ぎても、僕はまだ右手を添えたままでいたよ。


    080818:0029

    結局、どれだけあがいてみたところで、俺ひとりの力では世の中から戦争や貧困や腐敗した政治や残業を払拭することなどできやしないと気づき、22時半に帰宅した。

    家の扉を閉めた瞬間、電池を買って帰るのを忘れた事に気づき、自嘲するように吐き出した吐息は鉛の色。カーテンの向こうに見える霞む月は、いつか戦地に見た安宿の燭台を思い起こさせた。ウイスキーを切らしていたので、俺は軽く舌打ちを鳴らして朝食りんごヨーグルトを食べた。「おいしいなぁ」とつぶやいた声に、乳酸菌の残像。月はまだそこにあったが、新しい電池は家中のどこにもなかった。


    080817:2022

    ネパールの民族音楽とWilcoを交互に聞きながら仕事を続けていたら、自分がどこにいるのだかわからなくなってしまった。のだけど、空腹である事はわかったので18時くらいにコンビニエンス・ストアへ行った。

    ふと冷静に考えてみれば、午前9時くらいに奥様の焼いたDVD-R……、じゃなかった、ホットケーキを食べて以来、何も食べていなかったのだった。世界中の人々に見守られてプレイしているであろう五輪選手たちは偉大だ。と、乳飲料とミネラルウォーターに見守られながら仕事をする僕は思う。


    080817:1516

    日曜日なので気分転換に事務所で仕事。脳裏に浮かぶのは既視感という三文字。おそらく今夜も電池を買い忘れるのだろう。


    080817:0127

    そのまま朝まで会社に居ようかとも思ったのだけど、土曜の夜はシンセサイザーで遊ぼうと決めていたので、23時に帰宅した。そして、電池を買ってくるのを忘れた。しばらく放心してから「よし、自決しよう」と思ったけれど、それだと恋のメロディを奏でる人がいなくなる。それは困るので遊ぶのは来週に延期。

    帰宅して、10日ぶりにデータをバックアップし、DVD-Rを焼いた。僕はホットケーキよりもDVD-Rを焼く方が得意である。誰に言っているのでもなく。

    帰りの電車の中で町田康の『浄土』を読み終えた。Amazonのレビューにもある通り、このくらいの長さの短編集が、この人のロックを一番感じられやすいように思った。中でも「あぱぱ踊り」と「自分の群像」の二編が、特に鋭くて痛かった。


    080816:2045

    ひとつのバグを解決するのに4時間かかった。解決したあとも納得がいかず、幾つか際どいパターンをテストしてみたものの、空しい。

    机の上がよくからない状況になってきた。そもそも机の上の状況をわからなければいけないのか否かもわからない。左に積まれているのは僕が「パーフェクトです」と言って提出したテスト結果で、幾つか挟まれた付箋は、その提出物を念のためチェックしてくれた後輩N嬢が「ここちょっと変じゃないですか」と指摘してくれたもの。そのクールな仕事振り、もはや後輩を通り越して先輩である。よくわかんないけど。


    080816:1740

    宮崎駿監督の最新作『崖の上のポニョ』のキャッチコピーは、「生まれてきてよかった」であり、押井守監督の最新作『スカイ・クロラ』のキャッチコピーは、「もう一度、生まれてきたいと思う?」である。

    映画作品というものをひとつの生命現象と仮定するならば、前者は観客に「観てよかった」と思われる事を期待して製作されたように思えるし、後者は「もう一度、観たいと思う?」とどこまでも問いかけて答えを委ねているように思える。

    観る前から決め付けてしまうわけじゃないけれど、予感として、僕はどちらも面白いんだろうなと期待している。でも、もしこのアニメーション映画界にとって最も熾烈な時期に、「生まれてきてもこなくても、どっちでも良かった」みたいなキャッチコピーを掲げて鮮烈に上映開始される映画があれば、僕は迷わずそれを観たと思う。ファンの方には申し訳ないけれど、僕としては、『クローン・ウォーズ』あたりに、強く「うわー、観ても観なくても、どっちでも良かったー」的な雰囲気を感じるのですが。映画作品をひとつの生命現象と仮定するならば。


    080816:1410

    土曜日。事務所。黙々と二人。

    会社のPCが使いにくい原因の7割はキーボードにあると考えて、自分用に、非常に評判の良いThinkPad(Lenovo)のトラベルキーボードを買った。快適。普段からトラックポイント操作が身に付いているので、思い通りにすいすい動く。

    驚いた事に、トラックポイントと左クリック/右クリックボタンがMac上でも認識されていて、きちんとそれに応じた挙動を示した。即座にCapsLockとControlのキーアサインを入れ替え。仕事が終わったら真面目に調べてみよう。


    080816:0255

    23時半に帰宅して何通かメール。プログラミング関連で勉強していたら2時半になっていた。またしても極端に日本語の文献が少ないジャンルで、プログラミングの勉強をしているんだか英語の勉強をしているんだかわからない。きっと恋の予習をしているんだね。

    MobileMeを使用するようになって、iMacを使用する頻度があがった。これまでは、24インチは考えるまでもなく快適ではあるものの、やはりiMacを使うたびにMacBook Proとの間でデータのやり取りを考えるのが面倒だったのだ。MobileMeのおかげでメールは完璧に同期するし、軽いデータならiDisk経由。快適。

    二週間ほど悩んだ末、『大人の科学マガジン シンセサイザー クロニクル』を買った。明日の夜に組み立てる予定。きっと恋のメロディが鳴るんだね。


    080815:0655

    四年間、僕の溢れんばかりの頼りなさを一身に受けてきた後輩が作業場を移る事になったので、比較的しんみりと挨拶の言葉を並べていたら、「荷物の整理があるのでまた来ますけど」と言われた。「じゃあさっきのしんみりを返せ」と即座に思った。

    お盆休みで阪急電車のダイヤが変わっていた。「うわ、やばいじゃん。遅刻じゃん」と都内の高校生風に慌てていたら、いつもより5分遅く乗り込んだ電車がいつもより10分以上早く大阪に着いた。僕は普段、特急だとか準急だとかに乗らないのだ。「セーフじゃん」と思った。


    080814:0005

    先日の健康診断で、視力が落ちていたことがやや悲しかったけれど、どう考えてみても視力を回復するような機会が生活の中にない。「ときどき遠くを見る習慣を持つと良い」と聞いたのを思い出し、職場でぜひとも実践してみようとしたところ、ビルが工事中でこちらの窓は一日中薄い膜で覆われているのだった。そんなのってない。

    小野不由美さんの『黒祠の島』を読み終えたので、町田康の『浄土』を読み始めている。なぜか自然と小野不由美さんは「さん」付けで呼び、町田康にそれをしないのは、後者がロックだからだ。

    気がつけばくるりの「さよならリグレット」というビデオが販売されていたので、購入。好き勝手やっていて楽しい。


    080813:0028

    思いもよらないトラブルが立て続けに発生して、23時半に帰宅。つまり、先月あたりに連日発生していた「予定通りに仕事を進めて帰宅が24時半」というのがいかに変だったかという指標である。

    奥様が、子供ふたりを僕の実家のマンションにあるプールに連れて行ったらしい。プールといってもそんな大げさなものではなく、水深は子供の腰くらい。全長も12、3メートルくらいのものだ。以前書いたけれど、地元に配られる不動産会社の広告写真に、そのプールで遊んでいる僕と友人たちの写真が使われたのだった。信じられない事に、もう20年くらい前の話。20年だぜ? 20年もあれば人の口調だって変わるんだぜ?

    屋外に設置されたその小さなプールは、毎年、冬には完全に表面を氷に覆われてしまう。寒空の下、僕たちはそのプールに、誰かが投げ入れたテニスボールの跡を見つけた。氷を貫くことなく表面に転がった黄色くくすんだボールたちを、マンションの螺旋階段から僕たちはじっと見ていた。夏はまだ遥か遠くにあった。日付の変わる頃にシャワーを浴びながら、そんな光景を思い出していた。


    080812:0025

    「チョコを食べ過ぎたら花火が出るよ」と子供が言うので、訂正してあげようかと思ったのだけど、それはそれで間違ってもいない気がしたのでそのままにしておいた。

    先月あたり、友人と喋っている時に「え、買ってないの?」と聞かれ、自分でもなぜ買っていないのか不思議に思ったので、迷うより買うが安しと、くるりの『Philharmonic or die』を買って、一ヶ月ずっと聞いている。僕の好きな「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」が2バージョン収められていて、思わず安っちょろい爆弾を抱えて地下の深いところへ潜ってしまいそうになる。


    080811:0130

    二週間使ってみて実用に足る事が理解できたので、MobileMeを本格的に導入する事にした。

    ローカルに持っていた5000通ほどの受信メールをすべてMobileMeのメールボックスに放り込んで、ネットワークさえ繋がればいつでもどこでも過去のメールを参照できるようになった。「実印」みたいな使い方をしているOCNのアカウントと、社内メールが飛んでくる会社のアカウントの二つに関しては、受信したメールをすべてMobileMeアドレスに転送して、オリジナルメールを潔くサーバから削除するよう変更。とてもすっきりとして気持ち良い。

    iDiskは僕の環境では速度的に使い物にならないけれど、カレンダー/アドレスブック/Safariのブックマークの同期は、とても便利。iMacとMacBook Pro、iPod touch。たった三台の環境であっても、これだけ日々の利便性が上がれば9800円を高いとは思わない。


    080810:2054

    日曜日の昼から出社すると、先輩がひとり。いたって普通の顔をして、平日と変わらぬ様子でキーボードを叩いておられる。

    違和感。なぜこの時間帯に、この地に人がおられるのか……。胸元に競り上がってくるやり場の無い強烈な混乱と共に、乗船した直後に聞いた「……ここは黒祠なのですよ」という台詞を思い出した。思い出したのだけど、よく考えてみると僕は今日船には乗っておらず、件の台詞は、行きの電車の中で「……ここで読むのを中断するくらいならば、梅田があと50駅くらい遠ければいいのに」と僕に言わしめたとされる『黒祠の島』のものである事に気がついた。

    サーバの容量が足りない、という現実的な問題に対処するため、過去の二年間分のページをさらっと削除しました。それでもわずか30MB程度の節約。それよりも助かるのは、逆立ちしても書く事がない時に、堂々と過去の記述をコピー&ペーストするという荒技が使える事。しません。


    080810:1031

    土曜日か日曜日のいずれかを使って仕事を片付けようと計画していて、めずらしく日曜日を割り当てる事にした。これまではずっと土曜日を割り当てていて、仕事を片付けながら「……こりゃ日曜日も使わないと駄目だな」と考え直して結局二日とも使う、というパターンだったのだ。よろしくない。ずるずるしている。ここはバシッと、「今日で終わらせなければもう先はない」という覚悟が必要な場面である。

    そうしたわけで、昨晩は「明日は目が覚め次第家を出よう」と考え、あえて目覚まし時計をセットせずに眠りについた。起きたのは10時15分だった。家族が買い物に出かけるためにドアを閉めた音で目が覚める、という、最も孤独なパターン。


    080808:2347

    昨日は二時間遅く家を出たら、帰宅するのが予定より五時間遅くなった。マジックである。ポケットを叩くたび、そこにしまってある残業時間が倍増していく。戦争がなくならない理由と残業がなくならない理由は似ている気がした。


    080807:0921

    健康診断のため、いつもより2時間ほどゆっくりと家を出られる。でも何も口に入れてはならず、トイレにも行けない。自由と不自由の和はおおむねゼロなのか。


    080806:2352

    倉敷チボリ公園が今年いっぱいで閉園するらしく、なんとなく寂しい。といっても、僕はこれまでにたった一度訪れた事があるだけで、別にそれほど執着のあるチボリストというわけではない。ただ、学生の頃、彼女と一緒に倉敷へ旅行した時のことを思い出すのだ。

    倉敷チボリ公園。時間は夜の8時半くらい。動き始めた観覧車の中で、なんだかくだらない言葉の掛け違いがきっかけで喧嘩をして、お互いに喋らなくなった。ホテルまでの帰り道、僕と彼女との間にはずっと5メートルくらいの距離が保たれていた。部屋に辿り着くと、彼女は無言のまま慣れた様子でテレビをつけて、木村拓哉と常磐貴子の「Beautiful Life」というドラマにチャンネルを合わせた。なにも旅先でまで、と思われるかもしれないけれど、なにしろ最終回だったのだ。僕は木村拓哉にも常磐貴子にもまったく興味がなく、その代わりに脇役の渡部篤郎のファンだった。いや、ファンなんてものではない。この人になら抱かれてもいいと思っていた。

    ドラマが終わって、シャワーを浴びて、翌朝には何もなかったみたいに挨拶をした。しばらくして僕は彼女と結婚をするわけだけど、あのとき観覧車から見た夜景がいかに美しかったか、まだ話題にあげる事ができずにいる。


    080804:2118

    仕事場の近くの紀伊国屋書店で、前から欲しかった酒井駒子さんの「よるくま」と「よるくま クリスマスのまえのよる」、それからもう一冊の本を買った。

    レジで店員さんに「プレゼント用の包装をご用意致しましょうか」と問われたので、「はい」と返事をすると、「三冊まとめて包装させて頂きますがよろしいですか」と続けて質問。「……あの、『C言語撃退講座 〜K&Rは置いて、俺の話は聞け』は個別でいいです。包装しないでいいです」といった脱力感の伴う会話を経て、帰宅。


    080803:2349

    夕方から奥様の実家を訪れ、下の子供の誕生日を祝った。お祝いに頂いた列車のおもちゃを走らせながら、もうあれから六年も経ったのか……、と感慨に耽っていたけれど、僕の計算間違いでまだ二歳であった事に気がついた。

    帰宅してから再度、写真のページに手を入れて、幼稚ではあるものの、おおむね頭に思い描いていた通りの状態にした。JavaScriptもちゃんと勉強したら面白いんだろうなぁとは思うものの、ちゃんと勉強する気なんて全くない。優先度E。総勉強時間5時間弱にしては上出来、と自分で評価。……していたタイミングで、「一般的にはJavaScriptのソースは一つのファイルにまとめて記述するのがエレガントです」といった記述を見かけ、唸った(←知識を身につける順番がめちゃくちゃ)。


    080802:1958

    7月の中旬からサイトの更新を休止している間、なんとなく後ろめたい行為のように思えて、自分のサイトを自分で見る事はしないと決めていた。けれど、月曜の夜の事。ふとした弾みでSafariのキーボード・ショートカットを押してしまい、ごく見慣れた自分のサイトを閲覧する事になった。なぜ月曜の夜である事をはっきり覚えているかと言うと、その日、僕はホテルに宿泊していて、撮ったばかりの写真をカメラからコピーしている最中の出来事だったからだ。

    そこに並べられたよくわからない宣言文と、非常に高度なジョークを斜め読みし、ふとページ最下部にたどり着くと、アクセスカウンタの数字が連日400を超えているのが目に飛び込んで、驚くと同時に考え込んでしまった。最後に自作ソフトウェアをアップデートしてから数日は経過しているのだから、それを目的で訪れて下さった方や、あるいは偶然迷い込んだ方というのも、そう多くはいないはず。
     書き手が「10日間更新しません」と明言し、数日が過ぎた時点であるにも関わらずこれだけ多くの方が訪れて下さるという事は、よほど書き手の算数の能力が信用されていないか(この人はちゃんと十日間を数えられるのかな)、もしくは、少なくとも何名かの方々にとっては、更新されていないとわかっていても訪れて下さるだけの価値が、このサイトにあるという事だろうか。

    もちろん、頭の中では「……これなら一年くらい更新やめても平気ダニ」とは思った。……あ、やめて。踏まないで。ダニにも命は宿っているのです。……それは冗談として、実際のところ、400という数字は、10日間の沈黙の中に自分を放り投げ、とにかくフタをして目を背けてしまおうとしていた僕にとって、ひとつの大きな熱源となった。きっと多くの方は、単なる惰性やいつもの癖で訪れて下さっただけだとは思う。読み込みを終えたトップページをご覧になって、「……あそうか、休止してるんだった」と、3秒と待たずに別のページに進まれた事と思う。でも、それはとても貴重な事だ。かけがえのない出来事だと言ってもいい。多くの方が、無意識の内に僕のための3秒を用意して下さっている事実に、僕は感謝をしなければいけないダニ(←このキャラクタは誰なの)。

    午前中のこと。「いっぱい花火見えた?」と尋ねた僕に、娘は「いっぱいボワって見えたよ」と返事をし、けたけたと笑った。「いち、に、さん、くらいで消えたでしょ」と僕が聞くと、「でもアカネは絵を描いたよ」と彼女は答えた。そういう事だな、と僕は思った。


    080802:1058

    帰宅してシャワーの用意をしつつ、子供の描いた花火の絵をぼんやり眺めていたら、そのまま眠っていた。机の上に絵があったのは、昨日宝塚花火大会があったためだろう。

    僕はここ数年、花火の絵を描いた事はない。ピカチュウはまれに描くけれど、僕の描くそれは、思いのほか日本の伝承が織り込まれたものになる。僕の子供は花火のほかに、豆の絵とトマトの絵をよく描く。丸いものが好きみたいだ。


    080801:0045

    Senebierは、先日挙げさせて頂いたMac関連雑誌の他、アップルのソフトウェア紹介ページにおいて注目のダウンロードとしても大きく取り上げて頂いています。感謝。このコーナー、ソフトウェア作家が自らの作品の掲載を依頼するのですが、こんなに目立つ形で取り上げて下さると、スタッフ一同浮き足立ってしまいます。

    絶対に映像化できっこないよなぁと思っていたスカイ・クロラが、まるで最初から映画を想定して描かれた作品のようにきっちりと整えられていて、メディアの盛り上げ方にせよ情報の纏め方にせよ、興味深い。

    同じく、絶対に映像化できっこないよなぁと思っていたノルウェイの森の映画化も決まったとのこと。なんだって起こり得るんだなぁ。

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