机の上を整理していたら、昨年のうちに運転免許証の更新を促す葉書が届いていたことに気がついた。注意深く文面を読む限り、当サイトの更新については特に促されていない。安堵する一方で、免許証については絶対に忘れてしまう予感がする。その時にはついでに車に乗ることさえも忘れてしまおう。

 川西駅前の雑貨屋を二店舗周り、あらためて当面の生活に必要なものを揃えた。「東京における生活が終わったあと、使い道が有るか無いか」という観点は小物を揃えるうえで重要なはずだけれど、好みのものを手に取ると期間的な制約など気にならなくなってしまう。自覚的にブレーキをかけながら歩かなければお金が湯水のように飛んでいく、という表現は誤用で、ふつう湯水は簡単には飛ばない。

 年末から年始にかけて、買い物と初詣の他には部屋の掃除と食事と読書しかしていない。まとまった時間を確保して大量の文字を読むのは久しぶりのことで、記憶に定着したのは全体の一割かもしれないけれど、何もせずに時間を浪費するよりは幾らか有用だったと思おう。

 三十七歳を迎えるにあたって、自覚を促すための葉書が届けばいいのに、と半ば本気で思った。

 一月二日。午前三時に目を覚まし、台所でコーヒーを淹れた。コーヒーミルも新しいポットも東京に置いてきたから、モンカフェだけど。

 ふるい鍋底をガスの炎が熱する音を聞き、その揺れる熱の輪郭をじっと見つめながら昨年を振り返ってみようとするけれど、僕の頭のなかは古代に飛び、なんだかよくわからない絢爛な炎の儀式を思い起こしてしまう。手を伸ばせばつかめそうなほど星々は近くに見え、ガムランに似た音楽が鳴り響いていて、あたりには異質な匂いを含んだ煙が充満している。とても賑やかで、すべてが親密に感じられる。そして夜が明けるまで消えることのない炎を、見知らぬ人々が取り囲んでいる。

 いま自分がどこにいるのか、よくわからないな、と思う。鳴り響く鈴の音が僕の思考を研ぎ澄ませる。うしろを振り返っている間、我々は前を見ることができない。満月が地平を照らす。そもそも前方をこちらと決めたのは誰だろう。煙。激しく舞う影と笛の音。僕はいったい何のために、という所まで考えて、火を止める。

 カップを手に自室へ向かう途中、ふと気になって二階の廊下にある窓を開けると、屋根の上に積もった雪が見えた。そのままの姿勢で、僕は一口目のコーヒーを飲んだ。

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